不登校

朝、学校に行くのを渋っている子供を見ると

朝、愛犬君の散歩のとき、

学校に行くのを渋っている小学生、

嫌がる子供を学校に連れて行かそうと

頑張っているお母さんにたまに出会います。

そんな時10年ほど前の私たち親子と重なって

懐かしいような苦しいような何とも言えない気持ちになるのです。

次女は小学校2年生の春、

突然「学校に行きたくない」と言いました。

新しいパート先に数日後に行く予定だった私は、

「ダメよ。母さんも仕事に行くんだから、学校に行ってくれる?」

と私は言いました。

けれどランドセルを背負ったまま

玄関から全く動かない次女。

その日は休ませました。

次の日も着替えをしてランドセルを背負って

ピンポーンと友達が迎えに来てくれたところで、

次女は動きません。

友達にも「ごめんねー、後から行くと思うから」と

先に行ってもらいました。

始めはなだめるように優しく接していましたが、

でも動かない次女を見ているうちに焦ってきて

だんだん怒りモードになり、

気づいたときには嫌がる次女の手を引っ張って

泣きじゃくる次女を無視して

学校の前まで連れて行ってしまいました。

母さんだって仕事があるのに。

お姉ちゃんはちゃんと行ってるのに。

次女の気持ちを一切無視した行動でした。

学校に行けば、

教室にさえ入ればなんとかなる。

先生がなんとかしてくれる。

そう思って何日かは無理やり連れて行っていました。

けれど次女は次第に朝、

起きてこなくなりました。

私は焦りました。

ここにきてまだ自分の事ばかり。

次女が小学校2年生になったら、

パートに出て、

娘たちの習い事も増やして、

家族旅行も行って・・・

といろいろ描いていた計画が実行できないじゃない、と。

そしてなぜ学校に行きたくないのか、

先生、夫、子育ての先輩である友人、妹、カウンセリング、本、

聞いたり読んだりしながら、

原因を探りました。

次女は「なんでかわからない。でも学校に行きたくないの。」

「・・・そっか、じゃあ行かなくていいよ。」

なんで言ってあげられなかったんだろう。

今でも悔やみます。

当時はもし次女がこのままずっと学校に行かなくなったら、

とそんなことばかり考えて、

何とか学校に行って、勉強もして・・・と。

結果私はパート先に理由を話し、

次女の事が落ち着いたら又お願いしたい、

いったん取り辞めます、にしました。

なぜなら次女は私が教室まで付いて行ったら

行けるようになっていたからです。

そこから半年近く、

次女と一緒に学校に通いました。

担任の先生の協力を経て、

お昼は娘は給食、

教室の後ろで私はにぎってきた🍙おにぎりを食べました。

娘は最初はチラチラと後ろの私を見て

ちゃんといるか確認していました。

そのうち友達も出来て

私がいるかどうかの確認も減っていき、

私は別室で一人で過ごし、

たまに次女が友達と私のいる教室に会いに来る、

そして一緒に帰る、

という日々を繰り返しました。

今振り返れば、

教室で過ごさせてもらった時間は楽しかったです。

同じ教室にいたお友達も「〇〇ちゃんのお母さーん!」と言って

まるで毎日参観日のように

教室の隅に座っているおばちゃんのところに来てきてくれたりしました。

もちろん、あのおばちゃんいつもいてウザイな、

とか思ってる子もいたと思います。

それに比べて教室の近くの空き教室に移動して一人でいたときは、

スマホを見たり、

本を読んだりするしかなく・・

ほんっと時間が経ちませんでした😒

でもそれも含めて今思えば、かけがえのない時間だったように思います。

そんな日々を過ごした半年後、

忘れもしないあれは11月の肌寒い朝、

いつものように次女と登校している途中、

次女は繋いでいた手を放して私を見上げて言いました。

「母さん、私一人で行けそうな気がする。」

と。

え?!

なんでしょうね、あの感情。

涙が出そうになったのですが、

次女に悟られないよう、

震える声で言いました。

「そう?じゃあ、いってらっしゃい。」

それから次女は確か一度は振り返りましたが、

そこからは私が見えなくなる通りまで一度も振り返らず、

一人で歩いて行ってしまいました。

家に戻った私は嬉しくて、

すぐに夫にメールで報告したのを覚えています。

そこから次女は小学校5年生までは、

順調に学校に通いましたが、

6年生の時に再び教室に入れず、別室登校、

中学校では中1は通いましたが、

中2は別室登校と不登校、

中3は別室登校、

その間に、次女は起立性調節障害の診断も受けました。

朝、起きれないのです。

今思えば、

小学年6年生の頃から朝起きるのが本当につらそうでした。

起立性調節障害は高校生になった今でも続いているので、

高校は単位制のある、

通信制高校に通っています。

次女自身は

この行けそうな時間を選択して

授業を受けることにより単位がとれる

通信制高校が合っているようです。

バイトも始めました。

原付の免許も取り、行動範囲も広がりました。

通信制高校は週に1,2回行くだけなので、

友達はバイト先で出来ました。

相変わらず朝は起きれていませんが、

バイト、友達と遊ぶ、趣味のドラム、たまに勉強😓

といった感じで楽しくやっています。

何より、私や夫もあまり次女にあれしなさい、これしなさい、

と言わなくなりました。

見放しているわけではありません、

楽しくやっている次女を見守っている・・つもりです。

私も夫も仕事で忙しいですしね😓

最近次女は、「大学に行きたい。姉ちゃんみたいに県外に。」

と、言ってきました。

次女に関しては、

高校の卒業認定がもらえる事しか考えてなかったので・・・

けれど、東京で楽しくやっている姉を見て、

大学に行きたい、家をでてみたい、と思ったのでしょうね。

そうなると親としては行かせてやりたいのですが、

今通う通信制高校の勉強だけでは足りない事がわかり、

塾をいろいろと模索中です。

(あまりにも費用が高いところは難しいので💦)

次女の事はこれからもまだいろいろあるかもしれませんが、

とりあえず次女は

今自分の道を見つけようと前に進んでいる、

と思って応援しています。

昨日散歩で見かけたコンクリートの隙間から咲く花🏵️

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